Joh20/1-10

(説教要約を浜松元城教会ホームページ 説教:ヨハネによる福音書20章1-10節でご覧いただけます。)

イースターは、いつ頃から祝われるようになったのでしょうか。その起源は、クリスマスよりもずっと古いようです。今日、春分の日がすぎで満月を迎える、その直後の日曜日がイースターと定められていますが、そのように日がしっかりと定められたのは、紀元325年のこと、ニカイアとところで重要な教会会議が行われ、ニケア公会議と呼ばれていますが、その時だと言われています。

この復活節には、昔から、百合の花を飾り、卵をプレゼントしました。タマゴは、ヒヨコが殻をやぶって生まれてきますから、墓から出てこられた主のご復活を表します。
また、今日の午後、私たちもそういたしますが、イースターは墓参の日でもありました。百合の花等で墓地は飾られるのです。
そうした習慣には意味があります。百合は球根で冬は死んだように見えても、春のおとづれと共に芽を出し花を咲かせます。命があるからです。
人は1度死んで土に帰っても、キリストに在る者は神の国に甦り、新しい生が始まるのだという信仰を現しています。

ところで、罪人は神の国を嗣ぐことは出来ません。
しかし、私たち罪人のために、御子イエス・キリストは十字架に贖いの死を遂げられ、その救いの恵みを現すために3日目に復活されたのでした。それによって、信じる者を永遠の命に結んでくださったのであります。

今日は、ヨハネ福音書20章1~10節を読んでいただきました。主のご復活の日の出来事を伝えています。

 

マグダラのマリアという女性が、日曜日の朝早く、まだ暗い内に、主イエスの墓に急ぎました。
他の福音書、マタイ、マルコ、ルカは、数名の婦人たちが一緒に墓に行ったと伝えています。しかも、その婦人たちは、丁寧にちゃんと主を葬って差し上げるために、墓に向かったことを告げています。
しかし、ヨハネ福音書はマグダラのマリアの名前だけを記し、なぜ、墓に行ったのか、その理由をはっきりとは記していません。
葬りのためだったのかも知れません。あるいは、マリアは主のご遺体の傍に、ただひらすら、居りたかったのかもしれません。

とろこが、墓に行って見ると、入り口を塞いでいた大きな石が脇に取りのけられているのを見ました。それは、主のご復活を示すしるしでありました。
けれども、マリアは不安に襲われたのであります。墓が荒らされ、主のご遺体が失われてしまった、と思ったのでした。

石は、聖書ではしばしば、「さまたげの石」、人生の途上にあらわれる困難を示す比喩として用いられます。
わたしたちの人生には、大きな石、困難が立ち塞がっている。人と人とのわだかまりの石、仕事上の困難、病というやっかいな石など、さまざま困難が私たちの歩みを塞ぎます。
そして、死は、その最も大きな石でありましょう。
わたくしたち一人一人の人生だけではなく、人類の歴史も、また、同じであります。悪しきこと、重い大きな石が立ち塞がります。
その大きな石が、主のご復活によって取り除かれたのであります。石は脇に取りのけてあったのです。
マリアはそれを見ましたが、しかし、彼女は、悟ることはできなかったのであります。不安に襲われたのでした。

急いで、シモン・ペトロのところに、また、ヨハネであろうと言われていますが、主イエスが愛しておられた一人の弟子のところへ走って行って、そのことを伝えました。
ペトロとヨハネは、墓へと走りました。彼らも不安になったのです。
もう一人の弟子ヨハネが、先に着き、身をかがめて中をのぞくと、主イエスを覆っていた亜麻布が置いてあるのが見えました。
しかし、中には入らず、ペトロを待ちます。ヨハネは、おそらく若者でしたから、ペトロよりも早く走れたのでしょう。けれども、年長のペトロ、弟子の中でも一番重きをおかれていたペトロに先をゆずったのでした。
ペトロは墓に入って、亜麻布が置いてあるのを見、また、主イエスの頭を包んでいた覆いが、亜麻布と同じ所にはなく、離れたところに丸めてあるのを見ました。きれいにたたまれ、きちっと丸められていたのです。

墓は、荒らされたのではありませんでした。
もうひとりの弟子も中に入り、その様子を見ました。そして、信じた、と記されています。これが、主イエスが復活された、その日の最初の様子であったというのであります。

ところが、ヨハネ福音書は、この時、「信じた」とは記していますが、その言葉とは裏腹に、ペトロもヨハネも、ちゃんと理解してはいなかった、と伝えています。
9節です。
「イエスは必ず死者の中から復活されることになっているという聖書の言葉を、二人はまだ理解していなかったのである。それから、この弟子たちは家に帰っていった」。そう記しています。
信じることと、理解することとは違うということでありましょうか。
信じたといっても、それは、不十分な信仰で、主のご復活が意味する神さまの恵みを、そのあるがままには受けとめることができないでいた、ということでありましょうか。
おそらく、そういうことでありましょう。

空っぽの墓、きちっとたたまれた亜麻布と覆いは、主のご復活を示すしるしです。墓の中に、死の支配の中に、もはや主イエスはおられない、主は生きたもう、そのことを示すしるしでありましたが、ペトロもヨハネも、さやかには理解できず、深く受け止めることが出来なかったのであります。
ルカ福音書にエマオ出身の二人の弟子が、失意の中にエルサレムを離れて、自分たちの町に帰っていくという物語が記されていますが、あの二人の弟子たちのように、ペトロもヨハネもそれぞれ家に帰って行ったのであります。

どうして、マリアも、そして、ペトロとヨハネも、その時、まだ、主のご復活を、受けとめることができなかったのでしょうか。
復活の主ご自身が、近づき、語りかけ、私たちに出会ってくださらなければ、誰一人、主のご復活を受けとめることはできないのであります。
天の父なる神が、主イエスを甦らされたのであります。ただ、神が、そうなさったのであります。そして、神ご自身が、わたしたちに、そのことをお示しくださらなければ、わたしたちは、その恵みを受けとめることはできません。

「イエスは必ず死者の中から復活されることになっているという聖書の言葉を、二人はまだ理解していなかったのである。」とのみ言葉は、復活の主ご自身が、説き明かしてくださるのだ、御言葉を理解させ、御言葉によって、私たちに出会ってくださるのだ、ということを伝えるものであります。
ルカによる福音書に記される、エマオ途上の二人の弟子に、復活の主が近づき、一緒に歩かれました。二人の弟子は、自分たちに近づき、共に歩かれるお方が、主であることに気が付きません。ただ、このお方は、道々、聖書の言葉を説き明してくださったのでした。その時、二人の弟子の心は燃えていました。そして、宿屋について、食卓を囲み、その方がパンをさいてくださり、ぶどう酒を分けてくださった時、主であることを悟ったのでありました。
あのエマオ途上の二人の弟子のように、復活の主ご自身が、私たちの歩みに近づいて来て下さり、聖書の言葉を、わたくしたちのために説き明かしてくださる。
そうして、新しい命に生きる者となる。神の国での甦りの希望に支えられることになる。
これが、ヨハネ福音書が記す、復活の日の朝、そのはじめの様子であります。

讃美歌21に、球根の中には、というイースターの讃美歌が収められています。地味な讃美歌です、少し歌いずらいということです。しかし、慣れてくると、味わい深いところがあって、主のご復活を易しく歌い上げています。
「球根のなかには、花がひめられ、さなぎの中から命はばたく。寒い冬の中、春は目覚める。その日、そのときを、ただ神が知る。
沈黙はやがて歌に変えられ、深い闇の中、夜明け近づく。過ぎ去った時が、未来を開く、その日、そのときを、ただ神が知る。
いのちの終わりは命の始め、恐れは信仰に、死は復活に、ついに変えられる。永遠の朝。その日、そのときを、ただ神が知る。」

牧師である友人の一人が、この讃美歌をいたく好きになりまして、今年のイースターから、ゆで卵をやめて、球根を子どもたちにあげるようしたいと言い始めているのであります。
毎年、イースターエッグで宝探しをする、エッグのデコレーションは楽しいが、ゆで卵には残念ながら命はない。そのことを、常々、疑問に思っていた。
しかし、球根の中には命が秘められている。球根のほうが良い、と言うのです。
そして、こんなことも、考え始めるのです。秋の永眠者記念礼拝の午後にでも、庭のあちこちに球根を埋めよう。そして、イースターの朝に花や芽を探す。
チューリップや百合はもう大きくなっている。ちょうど芽を出す花は何だろう。
この友人は、昨年、思いがけなく、健康を害し、死線をさまようという経験をしました。そして、その経験をとおして、それまで以上に、主のご復活に対する信仰を深めたようなのです。また、命の厳かさを受けとめ直したようなのです。
イースターには命の主が讃えられなければならない。命に触れていかなければならない。熱い思いを抱くようになっているのです。
「球根のなかには、花がひめられ、さなぎの中から命はばたく。寒い冬の中、春は目覚める。その日、そのときを、ただ神が知る。
沈黙はやがて歌に変えられ、深い闇の中、夜明け近づく。過ぎ去った時が、未来を開く、その日、そのときを、ただ神が知る。
いのちの終わりは命の始め、恐れは信仰に、死は復活に、ついに変えられる。永遠の朝。その日、そのときを、ただ神が知る。」