Ps67/1-8

説教 「神の祝福と人の感謝」

詩編67編は、「収穫感謝の詩」と呼ばれています。
7節をごらんください。「大地は作物を実らせました。神、わたしたちの神がわたしたちを祝福してくださいますように」とあります。この言葉のゆえに「収穫感謝の詩」と言われています。

すでに秋の終わりを迎えていますが、この時もまた、さまざまな実りをわたしたちは享受しています。
先々週のことですが、気賀のほうに用事でまいりました。帰り道に、少し遠回りをして、車を走らせ、気賀から浜北に向かったのですが、ちょうどフルーツパークの近くでしたが、柿が豊に実っていました。そして、沿道では店に、立派な柿が並んでいました。
かつて、わたくしは三方原に住んだことがありますが、牧師館の裏庭には立派な栗の木がありまして、秋になると大きな栗の実がなりました。近くの方も取りにこられて、分かち合ったことでした。
今日は、浜松元城教会では収穫感謝バザーの主日です。
神が良き物をお与えくださる、そのことを覚えて、感謝し、与えられたものを分かちあうというのは、感謝祭に相応しいことだと思います。

近代になってからのことですが、プロテスタント教会は11月の第4主日に収穫感謝の礼拝をささげています。
その起源は、ご存知のように、英国から新大陸のアメリカに渡った清教徒ピューリタンたちに由来すると言われています。
17世紀のことです。まだ、今日のような信教の自由、信仰の自由とか、宗教的寛容というものは、行き渡っていませんでした。そして、その100年間、英国は戦争の連続でした。ある時期、プロテスタントの信仰に生きる人々が困難を抱えました。ことに、その信仰の操を堅く守ろうとした人々、後に清教徒ピューリタンと呼ばれるようになりますが、その人々の中に新天地を求めてアメリカ大陸に渡っていく人々が起こりました。
困難な船旅を覚悟で、新大陸に向かいました。その最初の人々がピリグリムファーザーズと呼ばれるようになりました。この人々は今日のマサチューセッツ州のプリマスに上陸し、そこを入植地としたのでした。しかし、船旅以上に困難がそこには待ち構えていました。
1620年と言われています、その冬は寒さが大変厳しく、大勢の死者を出し、翌年は、食糧不足で困窮するという有様でした。ところが、その近くにおりました先住民、ワンパノアグ族と呼ばれる人々が英国からの入植者の様子を見ていて、トウモロコシなどの新大陸での作物の栽培方法、育て方を教えたのでした。
それによって、その翌年の秋には、多くの収穫を得ることができました。英国からの入植者たちは神に感謝し、ワンパノアグ族を招待して、共にご馳走をいただいたというのです。
英国からの入植者もワンパノアグ族も秋の収穫を祝う伝統を持っていて、この年のこの出来事が感謝祭の起源となりました。
プリマスでの感謝祭、その中心は、食事会というよりも、神に感謝をささげる教会での礼拝でありました。

今日、アメリカ合衆国では11月の第4木曜日が感謝祭、サンクス・キブンズ・デイとして祝日となっています。
その習慣が、日本のプロテスタント教会にも伝わってきて、11月の第四日曜日に、収穫感謝の礼拝を守るということになりました。

収穫、それは神さまの祝福、賜物であります。
別の詩編、65編ですが、そこでは、次のように歌われています。10,11節です
「あなたは地に臨んで水を与え、
豊かさを加えられます。
神の水路は水をたたえ、
地は穀物を備えられます。
あなたがそのように地を備え、
畝(うね)を潤し、土をならし、
豊かな雨を注いで柔らかにし、
芽生えたものを
祝福してくださるからです」
畑を耕し、種を植えて、水を注ぎ、それを刈り取るのは人間ですが、その背後にあって、実りを与えてくださるのは神様です。神が祝福してくださったのだと歌います。
詩編67編は、短く、「大地は作物を実らせました。神、わたしたちの神がわたしたちを祝福してくださいますように」と歌い、神さまを讃美し、感謝と祈りとが歌われます。

「収穫感謝の詩」と呼ばれる詩編67編から、今日は二つのことを心に留めたいと思います。
一つは、この詩編には豊かな実りに対する感謝以上のものがあるということです。
収穫を感謝する礼拝者の顔は、収穫物からその与え主なる神へのと向かっています。
この詩は収穫感謝の際に歌われたかもしれないけれども、その主題は「収穫への感謝」という以上に「神の臨在への感謝」となっており、そのことを歌っています。

2節3節をご覧ください。「神がわたしたちを憐れみ、祝福し、御顔の輝きをわたしたちに向けてくださいますように。
あなたの道をこの地が知り、御救いをすべての民が知るために。」
そう歌われているのです。
御顔を向ける、向けるとは、照らすという意味を持つ言葉です。
「御顔の輝きをわたしたちに照らしてください」2節を、そう翻訳することもできます。

少し堅い言い方になりますが、「命あふれる神の臨在」。人格的な臨在としての「神のみ顔」、そのことが祈られています。
そして、神の臨在こそ計り知れない祝福の源であるに違いないのであります。

ある人は、ここを少しかみ砕いて、
輝き、照らしてくださいという、この言葉には、三つの意味が含まれていると述べています。
一つは、御顔を私たちに向ける。つまり、私たちを見守ってください、ということです。神がその御顔を、その眼差しを私たちに向け、私たちを守ってください。そう祈る。それが一つ目のことです。
二つ目は、御顔の輝きを向ける、照らすというのは、光を放つということですから、私たちの上に光を注いでください、という意味にも取れる。光を注いで、私たちを照らし、その足もとを照らして、導いてください、そう祈る、それが二つ目のことです。
それから三つ目として、御顔の輝きとは、喜んでいる表情を示しているようにも受け取れる。顔が輝いている。どなたの顔が輝くのか、それは神さまの御顔です。
つまり神が私たちと共にいてくださり、私たちをご覧になり、顔が喜びで輝きますようにという願いでもある、というのです。す。
それで、2節は、こう言い換えることができる、と申します。
「神様、どうか私たち神の民をあわれんで、祝福してください。そして、あなた様の光の中を歩んで行けますように見守り、私たちをご覧になるお顔が喜びに輝きますように。」
神の臨在、その祝福は、私たちをして神の光の中を歩ましめ、神が私たちをご覧になって、その御顔が喜びに輝いてくださることとなる、と言うのです。
祝福を願う祈りは、ついには、神さまが喜んでくださること、神の栄光となるように、という願いとなっています。

この詩編から心に留めたい2番目のことです。
4節と6節をご覧ください。「 神よ、 すべての民が、あなたに感謝をささげますように。すべての民が、こぞって、あなたに感謝をささげますように。」と、くり返し歌われています。
そして、「神よ、 すべての民が、あなたに感謝をささげますように」という言葉が、畳句として、4回繰り返されています。
すべての民よ、感謝をささげよ!、そのような祈りがこの詩編にあります。
感謝をささげることが、人間のなし得る最高の神への応答です。
神の祝福、神の臨在を求める祈りは、隣人、すべての人が、その祝福にあずかり、神に感謝をささげることができるようにという、願いに結ばれていきます。
あるご婦人が自分の家のことを紹介しておられました。 かつて義理のお父さま、夫の父が、ご自分の家で家庭集会をはじめた。その時、最初の集会で、選ばれて読まれた聖書が詩編67編だった、そう義理の父から聞いたというのです。ことに、この4節と6節、そして、この詩編の最後の言葉です。
「神よ、 すべての民が、あなたに感謝をささげますように。すべての民が、こぞって、あなたに感謝をささげますように。」
「神がわたしたちを祝福してくださいますように。地の果てにいたるまで、すべてのものが神を畏れ敬いますように。」
当時、その人の家で使われていた聖書では、
「神よ、民らにあなたをほめたたえさせてください
もろもろの民にあなたをほめたたえさせてください」
「もろもろの国民を楽しませ また喜びを歌わせてください」と翻訳されていたようです。
信仰に導かれ、神の民とされた、自分と自分の家族、その子どもたちや、孫たち、代々続くであろう、その家庭が、神さまを誉め称え続けることができるように、
そして、自分の家族が神さまに感謝をささげるだけではない、すべての人が、神さまを讃美し、喜び祝うことができますように。そのような祈りによって義理の父の家庭での礼拝が始まったというのです。
その後、義理のお父さまのご家庭でそだった子どもたち、その方の夫ですが、その夫も、家庭集会をはじめました。
その時、最初に選んだ聖書は、やはりこの詩編67編だったそうです。
そして、このご婦人は、自分の息子達も、将来、この詩編から家庭での祈りを始めて欲しい、と願っている、というのです。
神の祝福、その命のつながりにおいて、自分の家庭の歴史も、人の世の歴史も、刻まれて行って欲しい、そう願うというのです。

3節には、「あなたの道をこの世が知り、御救いをすべての民が知るために」と歌われています。
新約聖書の光に照らして、これを読むと、ここに「道」とあるのは主イエス・キリストのこととなりましょう。
「御救い」とあるのは、十字架の贖いです。
収穫感謝の時、良き物を備えてくださる神さまに感謝し、福音があまねく全世界に、すべての人々に知られることを祈り求めたいと思います。