Phi2/1-11

説教 フィリピの信徒への手紙2章1-11
「キリスト賛歌」

ご存知のように、クリスマスのシーズンは1月6日公現日までです。

日本ではお正月を大々的に祝う習慣がありますから、1225日を過ぎますとクリスマスの飾りつけは片付けられ、新年を迎える装いに変わります。教会もややもするとおつきあいをするという具合です。ややもすると、というよりも私たち日本にありますキリスト者はどうしても二つの暦を持って歩むことになりますから、それもまた日本における教会が引き受けるその歩みなのかもしれません。

しかし、教会の暦では1月6日までがクリスマスです。その日を公現日、あるいは顕現日と呼びます。

公現、あるいは、顕現とは、神の栄光が人となられた神の子・キリストをとおして、この地上に現れたということです。キリストのご降誕によって、神が私たち人類と共におられることが明らかにされ、闇の中に光が輝いた、公現日はそのことを記念します。

その日は、東の博士たちが救い主にまみえて、献げものをした日とされています。
東の占星術の学者たちは、闇の中に輝いた光に導かれて救い主にまみえました。異邦人である博士たちは、救い主を礼拝しました。それは、諸国の民がキリストによって神を礼拝するようになる、先駆けでありました。
また、博士たちは、闇の中に輝き出した光に導かれて、この世を旅する者たち、信仰者の先駆けでもありました。

すなわち、救い主に結ばれて、諸国の民が神のもとに集うその時を待ちつつ、教会は信仰の歩みを始めた、そのことが記念されます。
公現日は、このように、神の栄光がキリストにおいて現れて、すべての人におよぶ救いの光が輝きはじめていることを感謝し、賛美しするのであります。
そして、クリスマスのシーズンは閉じられます。

東京神学大学に、かつて、松田明三郎(あけみろう 1894-1975)先生という方がおられました。詩人でもあられたのですが、「星を動かす少女」という作品を残しておられます。「クリスマスのページエント」にまつわる出来事を題材としたものです。

ページェントとは降誕劇です。
その日、日曜学校の上級生たちは、三人の博士や羊飼いの群れや、マリアなど、それぞれ人目につく役をふりあてられるのですが、一人の少女は、誰も見ていない舞台の背後にかくれて、星を動かす役があたりました。
「お母さん、私は今夜 星を動かすの。見ていて頂戴ね・・・・その夜、一杯の会衆は、ベツレヘムの星を動かした者が、誰であるのか気づかなかったけれど、彼女の母だけは知っていた。そこに少女の喜びがあった。」と、松田あけみろうさんの詩は綴っています。
この少女は、舞台で脚光を浴びる事を一度は夢みていた事でしょう。でも今は誰の目も期待せず、ただ自分を見つめる母親の眼差しを全身に感じながら、自分に与えられた役を果たそうとし、一心になって星を動かしていた。
また、観客席には、星の動きを追いながら、カーテンの陰に隠れて見えない我が子をじっと見つめて、いとおしむ母の姿がある。それは母と子供を結ぶ、命の絆です。母から子供へと流れる愛が、そこにありました。信頼に根ざす喜びがあります。

今日は、公現日直前の主日、日曜日ですので、フィリピの信徒への手紙2章を読んでいただきました。この聖書の箇所は、星に導かれて、東の博士たちが救い主にまみえた、その出来事を記念するときに、一緒に読まれる聖書の箇所の一つです。

6節以下には、キリスト賛歌と呼ばれている、当時の讃美歌が引用されています。
キリスト賛歌、この手紙が書かれた時代の教会で歌われていた讃美歌です。
「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。」と歌い始めています。
ご自分を低くし、人となられた神の御子の謙遜、慈しみが歌われます。そして、このお方のゆえに、人々はみな、神を賛美するのだと歌っています。
心にしみいる賛歌ですね。主のお姿が心に刻まれます。
主われを愛す、という讃美歌があります。子どもから大人まで、ひろく親しまれていますが、その小さな讃美歌の中に、主イエス・キリストとその恵みのことが、余すところなく歌われています。しかも、私たちの心にしみいり、迫ります。
フィリピ書に記されているキリスト賛歌も、そのようであります。
手紙の著者パウロは、このキリスト讃歌を思いおこさせて、主イエス・キリストの御姿を仰ぐようにと語りかけています。

この手紙の受けとったフィリピの教会は、この時、内部で争いを経験していました。
4章2節を読むと、その争いの一端を知ることができます。「わたしはエボディアに勧め、またシンティケに勧めます。主において同じ思いを抱きなさい。」と記るされています。エボディアとシンティケという二人の婦人がいて、仲たがいをしていたことが知られるのであります。その二人は、優れた人たちで、パウロの伝道によく協力をした人たちです。その二人が仲たがいをしてしまっている。教会に重い陰を落としていたでしょう。パウロは、とても心を痛めていました。

そのようなことは世間でも見かけますが、教会でもあることです。
しかし、大切なことは、争いや分裂の危機にある教会は、どのようにして一つになることができるのか、ということでありましょう。
使徒パウロはそのために腐心しているのであります。そして、キリストを賛美する、この讃美歌に思いを向けるようにと言うのです。

「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。」
ご自分を低くし、人となられた神の御子の謙遜、慈しみが歌われます。

星を動かした少女のように、神さまの御心に仕える心を与えられて、主イエスのへりくだり、謙遜が記念され、ほめたたえられています。。

讃歌の前半では、今申しましたように、主イエス・キリストの謙遜、へりくだりを詠っています。
神であられるお方が、人となられた。人間としての死に至るまで、しかも十字架の死に至るまで、徹底的なへりくだりであった、と詠います。

ご自身何の罪もないお方であられるのに、十字架に死なれた。
「十字架の死に至るまで従順でした」とあります。十字架がご自分をこの世に遣わされた父なる神のみ心だった、というのです。その御心と共に、御子はそのご生涯を歩み通された。
神様の独り子であられ、ご自身何の罪も犯してはいない主イエスは、父なる神様のみ心に従って、人間の手で捕えられ、裁かれ、十字架の死刑に処せられてしまうところまで、徹底的なへりくだりに生きて下さった。
このまことの謙遜によって、私たちは生かされ、救われている。そのことに心を留めるのであります。

けれども、キリスト賛歌は、主イエスにおける神様のへりくだりのみが語られていたのではありません。後半の9節にはこのように詠われています。「このため、神はキリストを高く上げ、あらゆる名にまさる名をお与えになりました」。
十字架の死に至るまでへりくだられた主イエスを、父なる神様は、復活させ、天に高く引き上げられたのでした。
主イエスにおいて死の力が打ち破られました。神様の恵みの力が、死を滅ぼして新しい命を主イエスにお与えになったのです。そしてその主イエスが今や天に昇って父の右の座に着いておられる、と詠います。

神様の恵みによって与えられる新しい命の中に、この世界は、そして私たちの人生は、最終の場所を得ている、ということを教え示しています。
私たちは、キリストに結ばれて、命の恵みを共々に受け継ぐものとされている。

主イエスにおいて神様がへりくだって人間となり、しかも十字架の死に至る道を歩み通して下さったのは、この復活の命を私たちにも与えて下さるためでした。
主イエスは私たちのところにまで降りてきて下さり、罪の赦しを与えて下さっただけではなく、私たちを伴って天の高みに昇って下さるのです。

すなわち、主イエスにおいて、神様は私たちの弱さを同情をして下さっただけではなくて、私たちを支配している罪と死を打ち破り、神様の恵みのご支配を確立して下さるのです。

使徒パウロはフィリピの教会に書き送ったのは、人間的な知恵や、小手先のことではなくて、共に、主イエス・キリストを見上げるようにということでした。
もちろん、知恵も必要でしょう。しかし、なによりも、父と子と聖霊であられる神の御前に立とう、というのであります。
神の前に立つなら、「何事も利己心や虚栄心からするのではなく、へりくだって、互いに相手を自分よりも優れた者と考え、めいめい自分のことだけでなく、他人のことにも注意を払うようになるだろう。」そう、語りかます。
そして、その模範として、いや、模範以上のこととして、主イエス・キリストを見上げ、賛美する。このキリスト賛歌に思いを向けるようにと誘っています。

キリストを心にとめ、讃美し、礼拝の心に生きる。そのようにして闇の中に輝いた光に導かれていきます。
礼拝の心とは、主イエスの御前にぬかずく心です。キリスト賛歌を歌う心です。