10/23の主日礼拝説教より

「ヨハネが弟子たちに教えたように、わたしたにも祈りを教えてください」

(ルカ福音書11章1節)

主イエスがあるところで祈っておられた。弟子たちはその姿を目にしたのでありましょう。祈りが終わると、弟子の一人が、すぐに「ヨハネが弟子たちに教えたように、わたしたにも祈りを教えてください」と願ったのでした。

ある人が、「弟子たちは、主イエスの祈りの中に自分たちも入りたくなったのだ。」と言っています。そうだろうな、と思います。

その弟子たちを主は御自身の祈りの中にお招きになったのでありましょう。
主イエスが祈っておられる。その祈りの中で、弟子たちは祈ることを教えられます。

「父よ、

御名が崇められますように。

御国が来ますように。

わたしたちに必要な糧を毎日与えてください。

わたしたちの罪を赦してください。

私たちも自分に負い目のある人を

皆赦しますから。

わたしたちを誘惑にあわせないでください。」

まことに簡潔な言葉です。
神さまへの呼びかけの言葉もそうです。「父よ」と祈るように教えられています。

「父よ」。ここには、あれやこれやの説明はありません。ただひと言の率直な呼びかけの言葉です。

父なる神は、愛する御子を私たちにおあたえくださって、私たちを愛してくださいました。
御子イエス・キリストは、ご自身を十字架に渡して、父なる神の愛をあらわしてくださり、私たちに神の子となる道を開いてくださいました。
神さまは、恵み深い父でいらっしゃいます。

主イエスは、「父よ」と私たちが神さまに向かって呼びかけるとき、父なる神さまは喜んでくださるとお教えくださっています。

「主よ、われらが喜びに溢れ、かつ、

心低く天の神なる汝を父として呼び求め、

われらの父と語り掛けるにふさわしい者となさしめ給え」

東方教会で、聖餐を受ける礼拝で主の祈りが唱えられますが、そのときに語られる勧めの言葉だそうです。