3/26礼拝説教より

 

「兵士たちはイエスの十字架を無理に担がせた。」

マルコによる福音書15章21節

昔、犯罪人は、見せしめのためでしょうか、自分が磔にされる十字架を背負って処刑場まで歩かされたようです。しかし、ただでさえ過酷な取り扱いを受けていたであろう犯罪人が、裁判の後に、なおむち打たれて、さらに十字架を背負って歩くというのは、大変なことでした。

多少の下り坂もあるとは言え、ゴルゴダの丘へは、長い上り坂を上っていかなければなりません。そうとうに強靱な人間でないかぎり、これを担ぎ通すことはできなかったのではないか、と思います。

兵士たちは、偶然通りかかった、キレネ人シモンという人物に目を付けて、主イエスの代わりに、十字架を背負わせたのです。

キリストの十字架を担ぐことになったシモンの姿は、「自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」と言われた主イエスのお言葉と重なります。

自分の十字架とは、彼の(キリストの)十字架とも解釈可能だからです。

「無理に担がせた」と書かれています。それは、そうでありましょう。誰だって、好きこのんでそんなものを担いで歩きたくはないはずであります。その時、シモンも、一人の人間として自分自身の重荷を背負っていたに違いありません。その重荷と一緒に、先を急いでいたかもしれません。しかし、兵士はこのシモンに無理に主の十字架を担がせたのでした。

重荷に重荷が重ね合わせられました。そして、ゴルゴダまで主イエスの後を歩いていったのでした。


「そこへ、アレクサンドロとルフォスの父でシモンというキレネ人が、田舎から出てきて通りかかった」

ここで、わたしたちの目を惹くのは、このシモンを紹介する言葉です。

シモンが為さなければならなくなったことについては、たった一言「無理に担がせた」と、聖書は記すだけなのに、すなわち、担いだということだけが聖書の中に記憶されているにすぎないこの人物が、しかし、その二人の息子の名前と、出身地と、彼が今どこからやってきたかを、わざわざ紹介されているのであります。

これは、後に、この人物が教会で良く知られるようになった人であった、ということを物語るものなのでありましょう。無理矢理に。いやいや十字架を担ぐことになってしまったこの人が、不思議なことに、主イエスを信じるようになった。しかも、その子どもたちも、父親に負けず劣らず教会の者たちに良く知られるようになる。

伝説では、兄アレクサンドロはある町で司祭を務めるようになった、と言われます。弟ルフォスは、これは、単に伝説ではなくて、聖書の中にちゃんと名前が記されていますが、ローマにいて、使徒パウロもその名を知る人物であったということが分かります。


いったい何が起こったのでしょうか。

ある人が、こんなことを想像して、語っています。

「思いがけないことに、シモンは十字架を背負って主イエスの後に付いていく。イエスという男に向けられた嘲り、嘲笑が、自分にまで向けられているかのような錯覚の中、ゴルゴダにまで十字架を運んだシモンは、すぐにその場を離れたいという思いとは裏腹に、なぜか自分が運んだあの十字架で死のうとしているイエスという男の最後を見届けたいと思った。そして、主の十字架の一部始終を見ることになった。

何が何だか、その時はわからなかったけれども、ある時、その意味を悟ることになる。聖霊降臨日と呼ばれるようになったあの日、ペトロがエルサレムで説教をするのを聞いて、その言葉がシモンの魂に届いたのだ。彼が見たこと、目撃したことの真実が説き明かされた。シモンはその日洗礼を受け、キリスト者となった。そして、自分が見たこと、目撃したことを証しするようになった。マルコ福音書が伝える主の十字架のお姿は、もしかしたらこのシモンが語り伝えたものなのかも知れない。」

そう言って、しかし、こう続けるのです。

「神さまの大きさ、キリストの愛の深さ、高さ、広さは、その中に入って行かなければ分からないものです。外からその大きさを計ることはできません。外から計る計りなどないのです。入って行って、その中に立たなければ分からない。シモンは、主の十字架を担ぐことによって、いや、担がされてしまったことによって、その中に入った人である。神の愛の中に引きずり込まれてしまったのです。シモンは、自分が担いできた主イエスの十字架を、主にお返しした時、主イエスは、ご自分の十字架だけでは無く、シモンの重荷も一緒に引き取り、引き受けてくださったのだ、ということを知ったのだ。」